M・M・LOコラム

第3

日本人の気質

今年の3月、東洋ゴム工業が、免震ゴム事業で大規模なデータ改ざんの不正を行っていた事実が明らかとなりました。この不正は、2000年から2012年までに存在したものとされています(「『免震積層ゴムの認定不適合』に関する社外調査チームの調査報告書」より)。
また、今年の10月には、旭化成建材が施工した杭工事における施工データの流用が発覚し、大きな問題となっています。これは、ここ10年の杭打ち工事を調査したところ、その約1割の工事において施工データの流用が見つかったというものです。10年というのは、施工図等の保存期間(建設業法施行規則第28条2項)を踏まえて区切られたものですので、それ以前からデータの流用が行われていた可能性も否定できません。

このような建設業界における不祥事として、一番に思い出されるのは、世間に大きな衝撃を与えたあの耐震偽装事件ではないでしょうか。構造計算書の偽造を行った姉歯元一級建築士や、耐震強度等が偽装された構造計算書に基づき建てられたマンションを販売した会社「ヒューザー」の元代表取締役の刑事責任問題にまで発展し、それぞれ有罪の判決が下されました。
この耐震偽装事件は、2005年11月、国交省から構造計算書偽造の事実が公表されたことに端を発します。つまり、今年発覚した東洋ゴム工業の不正や旭化成建材の不正は、いずれも、この耐震偽装事件の渦中に、行われていた・続けられていたということです。この耐震偽装事件を機に、東洋ゴムにおける不正を知っていた人物、旭化成建材でデータ流用の事実を知っていた人物は、これを指摘して、不正を改めることが可能でした。

なぜ、このような不祥事が時を隔てて何度も繰り返されるのか、言い換えれば、なぜ過去の教訓がこうも生かされないのか。やはり、「よそはよそ、うちは関係ない」「取り敢えず、誰も言わないから黙っておこう」といった無責任さ、事なかれ主義といった日本人の気質が、大きく作用しているのではないかと思います。

政治学者の丸山眞男東京大学名誉教授は、太平洋戦争終戦の翌年、「然るに我が国の場合はこれだけの大戦争を起こしながら、我こそ戦争を起こしたという意識がこれまでの所、どこにも見当らないのである。何となく何ものかに押されつつ、ずるずると国を挙げて戦争の渦中に突入したというこの驚くべき事態は何を意味するのか」と論じました(丸山眞男/著 古矢旬/編「超国家主義の論理と心理 他八篇」岩波文庫 2015年)。このような無責任さ、右へ倣えの事なかれ主義というものが、戦前から変わらぬ日本人の気質として、存在するのだろうと思います。

しかし、コンプライアンスの基本は、「きちんと立ち止まって考える」ことの徹底です。「自分は関係ない」「周りのするとおりにしておこう」という考え方では、コンプライアンスは機能しません。日常における業務を今一度振り返り、自分のやってきたこと、今やっていることの意味を考える、これを、企業のトップと従業員がそれぞれの立場できちんと行うことが重要です。
企業のトップにおいては、「うちとは無縁の出来事だ」と考えるのではなく、今回のような他社での不正発覚を機に、自社の事業活動の内容を徹底監査し不正の有無をチェックする、これら不正を犯した企業を反面教師として(例えば、上記引用した第三者委員会の報告書を参考にするなどして)、自社の内部統制システムを見直す、といったことが求められます。
また、どれだけ内部統制システムが充実していても、企業のトップが、現場担当者の故意の不正を見抜くことには限界があります。そこで、不正を知る周囲の従業員による内部通報が極めて重要となるわけですが、この不正を知っている従業員が皆、「自分は関係ない」「誰も言わないし、自分も黙っておこう」では通報に繋がらず、不正の発見には至りません。各人が見て見ぬふりをするのではなく、きちんと立ち止まって、自分のやっていることの意味を考える必要があります。
そして、どうすれば前述の無責任さや事なかれ主義と決別し、「きちんと立ち止まって考える」というコンプライアンスの基本が浸透するのだろうかと考えたとき、私は四大公害病が頭に浮かびます。「自分は関係ない」「誰かが言うまで黙っておこう」という考えが、いかなる悲劇を招くのか。これを学び疑似体験することが、無責任さや事なかれ主義との決別に有用なのではないでしょうか。

荒牧潤一 2015.11.27