M・M・LOコラム

第2回

知らない法律

以前のニュースで、JR高松駅周辺でコップを持ち、通行人に対し、「お金を入れてください」などと訴えていた男について、いわゆる書類送検がなされたというものを見た。軽犯罪法1条22号は、「こじきをし、又はこじきをさせた者」について、拘留又は科料に処する旨を規定しており、男の行為は、この条文との関係で問題となったようである。

ところでこの男であるが、事件当時23歳と若く、インターネットの動画配信サイトで自分の行為を中継していたとのことであり、これらのことからすると、自分の行っている行為が犯罪だとは考えていなかったのではないかと思われる。意外と知られていないことなのかもしれないが、法律を知らない場合でも罪に問われうるということは、法的には当然のことである。刑法38条3項本文は、「法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。」と規定しており、「軽犯罪法などという法律は知りませんので、罪を犯す意思はありませんでした。」という言い訳は通用しないのである。
とはいえ、一般の人にとって法律は馴染みがないものであり、法律を知らないという場合も少なくないと思われる。また、法律を扱う職業に就いていても、知らない法律は無数にある。実をいうと、私も軽犯罪法1条22号など全く知らなかったので、ニュースを見て少し驚いたことを覚えている。

総務省がインターネット上で法令データを提供する「法令データ提供システム」によれば、平成27年7月1日までの我が国の官報掲載法令数は、憲法1、法律1950、政令2093、勅令75、府令・省令3672、閣令11、規則337、合計8139である。これら一つ一つの法令を網羅的に知ることなど、人間の能力上不可能であろう。なお、これらの法令のうち、実務で扱う主要な一部を収めた著名な法令集が、株式会社有斐閣などより出版されている「六法全書」である(有斐閣の平成27年版の「六法全書」の収録法令は863とのことであり、数的には全体の約10%の法令が収録されていることになる)。弁護士だと自己紹介をすると、なぜか「六法全書暗記しているの?」としばしば聞かれるが、法令のごく一部を収めたにすぎない六法全書でさえ暗記している弁護士など絶対にいないといえる。

それでは、自分の行為が罪に問われる可能性を検討したい場合はどうすればよいか。上述の法令を一つ一つチェックしていくという方法は現実的でない一方、何も気にせずとりあえずやってみるというのではリスクが伴う。ときにこのリスクは予想を超えて大きくなることもあるため、自分の行おうとする行為について、少しでも罪に問われる可能性、あるいは何らかの法令の規制がかかる可能性を感じた場合は弁護士に相談することをお勧めする。弁護士は、企業などの依頼者から、「これからする事業等について法律上の規制があるか」といった相談を受けた場合、関係法令やそれらについての文献等を慎重に調査することにより対応する。こうした調査により、自分の行為が期せずして罪に問われてしまうという事態が生じる可能性を大きく低減することができる。日常的・継続的に弁護士からアドバイスを受けること、かかりつけの医者のような弁護士をみつけておくことはこうした意味でも重要であるように思われる。

以下は全くの余談であるが、このコラムを書いている途中、上記の軽犯罪法1条22号の条文「こじきをし、又はこじきをさせた者」が、五七五のリズムで、内容にそぐわず耳に心地よい響きをもっていることに気が付いた。無数にある知らない法律の中には、日本語として美しいものなども多くあると思われ、好奇心を刺激された。

東口 良司 2015.09.03