M・M・LOコラム

第8

母さん、オレだけど。

 オレオレ詐欺に代表される特殊詐欺の被害が深刻である。「これだけ話題なのにまだ騙される人なんているの?」と疑問をもたれるかもしれないが、我が国の平成29年中における特殊詐欺の被害総額は約395億円であり、平成24年以降、最高で約565億円、最低でも約365億円と、概ね年間約400億円以上の被害を出し続けている。実に1日1億円以上の被害が発生し続けているのである。これだけの甚大な被害が、ある意味で安定的に発生し続けている背景には、特殊詐欺の大部分が、暴力団をはじめとする反社会的勢力や半グレなどと呼ばれる者を中心とした集団によって、組織的、規則的、構造的に営まれているという事情がある。特殊詐欺は、巨大な犯罪スキームとして、我が国に蔓延していると評価してよいと思われる。
 特殊詐欺の被害者は、主に高齢者であり、オレオレ詐欺や還付金詐欺では、約95%の被害者が65歳以上の高齢者である。高齢者が生涯をかけて築いてきたであろうお金を、特殊詐欺は一瞬にして奪い去る。特殊詐欺の被害に遭った高齢者の中には、騙されたことを家族にも話せず、意気消沈し、場合によっては自死を選ぶ者さえいる。特殊詐欺が、被害者に、あるいはその家族に与える被害は、財産的なものにとどまらず、それらの者の人生に大きな影を落とすのである。念のため付言すると、特殊詐欺の被害に遭う高齢者は、真面目で、何事にもきちんと対応する者が多いと言われている。いい加減だから、あるいは、本人に落ち度があるから騙されるわけではないのである。
 こうした被害に対して、警察、自治体その他の機関は、何も対策をせずに手をこまねいていたわけではない。特殊詐欺に関し、平成29年で約2500人が検挙され、また、騙されたふり作戦や犯行拠点の摘発の徹底など、警察をはじめとする捜査機関は、特殊詐欺撲滅のために最大限の努力を続けている。さらに、銀行などのATMには注意喚起の張り紙がなされ、金融機関の窓口やコンビニの店頭において、特殊詐欺の被害を水際で防止したという例がいくつもあるなど、社会全体で特殊詐欺の被害を減らすべく各種取組みがなされている。

 前置きが長くなったが、今回のコラムで紹介したいのは、こうした特殊詐欺の被害をできるだけ減らすための一つの手段として、「犯人が使っている電話を使えなくする」という方法がとれないか、という問題である。
 電話は、ほぼ全ての特殊詐欺に使われているツールであり、特殊詐欺の犯人が使っている電話を止めることができれば、その電話を使用した特殊詐欺被害はそれ以上発生しなくなるし、また、特殊詐欺の犯人グループが電話の調達に要するコストが増加すれば、どこかで特殊詐欺が「割に合わなくなる」ため、やはり特殊詐欺被害を劇的に減らすことができる。

 ところが、意外に思われるかもしれないが、例えば、「母さん、オレだけど」という電話が犯人から架かってきたとき、その電話番号について、警察や通信事業者に通報するなどしても、直ちに使えなくすることはできない。特殊詐欺に使われ、またさらに使われるであろうことが明らかであるにもかかわらず、である。電話を使えなくすることが簡単にはできない理由は、専ら2つの事柄に尽きる。「通信の秘密」と「役務提供義務」である。
 「通信の秘密」は、要するに、「通信事業者は、通信に関わる事実を知り得てはならない」、という憲法上、電気通信事業法上の保障である。
 「役務提供義務」は、「一定の通信事業者は、サービスの提供を拒んではならない」という電気通信事業法上の規制であり、電話が、電気やガスや水道などのライフラインと同様、生活になくてはならないものであり、かつ、そのサービスを提供する事業者が限られているということを背景に定められているものである。

 「通信の秘密」や「役務提供義務」は、憲法上、電気通信事業法上に根拠のあるとても大事なものである。その点については疑いがない。一方で、特殊詐欺に使われた電話については例外とするなど、この「通信の秘密」と「役務提供義務」の壁をクリアできるとすれば、既に述べた通り、特殊詐欺被害は劇的に減少する。一般的に言えば、「通信の秘密」は、緊急避難や正当行為と言った違法性阻却の判断枠組みで正当化することが可能であり、「役務提供義務」は、電気通信事業法上、「正当な理由」があれば役務提供の拒否が認められている。
 先に述べた特殊詐欺被害の甚大さ、悲惨さに鑑みれば、「通信の秘密や役務提供義務は絶対に守らなければならないから、1日1億円以上の被害が出続けているがしようがない」と割り切れる状況にはないことは明らかであるように思われ、緊急避難や正当行為として、また、「正当な理由」がある場合として、通信の秘密や役務提供義務の例外に当たると考えることは十分可能と考えられる。
 簡単に解決する問題ではないが、どのような価値を重視する者であれ、騙されて涙を流す被害者を一人でも少なくすべきことについては、皆が同じ方向を向いていけるはずである。特殊詐欺という構造的な病理現象に悩まされていると言える現在の我が国において、あるべき法律、制度、仕組みについて、今一度議論し、考えなおすべきときではないかと考える。

東口良司 2018.6.13